ある日ガネーシャの母であるパールワティー (Parvati) がお風呂入ろうと思っていたのですが、門番をするはずの夫であるシワ (Shiva)神が山奥に瞑想しに行ってしまって帰ってくる気配がなかったので困っていたのです。そこでターメリック粉で子供の人形を作ってその人形に命を吹き込みます。女神の子ですから生まれなから知恵があるわけですが、その子供に「お母さんお風呂入るから門番してね。誰が来ても中に通してはいけません」と伝えて行きます。そこで急にシワ神が戻って来るのですが自分の父だと知らないこの子供が中に入ろうとするシワ神を止めます。口論になり、挙句にはシワ神の家来(ガナと言われますが)とちょっとした戦いになりその子供が勝つわけです。それをみてシワ神が怒ってしまってその子供の首を切ってしまいます。これに気づいたパールワティーが来て、シワ神に抗議します。事実を知ったシワ神が家来に一番先に見つかった動物の頭をとって来るように命じます。そして象が見つかりその子供に象の顔が付けられたわけです。ここでは何故ガネーシャではなくてその子供と呼んでいるかですがそれはまだ名付けられて居なかったからです。象の頭がついて子供が生き返った後に、シワ神の家来のガナ達に戦いで勝ったからガナの長で有ると言う意味でガネーシャと命名されたわけです。ガナがなぜガネーシャになるかはサンスクリット語の知識が必要なので今回は範囲外です。先に話した神の名前には由来があるとはこの事です。
そんな訳で今回はガネーシャの話でしたが、これは神話ですので、理屈は通じないですが、この話から学べる事がいくつか有ると思います。一つは、物事はは先入観を持つと不本意な結果につながると言うことです。シワ神がもし落ち着いてその子供と話をしたならば首切る事がなかったでしょう。そして普通に考えたら夫が居ない間子供が生まれる事が無いでしょうが、どんなに無理な事でもその可能性が全く無いとは限らない事です。そして最後に自分より一見身分が低くても実績が有ればキチンと認めると言う事です。
次回はどんな話か楽しみにして下さい。では。
